1.実習施設とその地域の概要
今回の実習を行った相模湖町国民健康保険診療所(以下、内郷診療所)はすぐ隣にデイケア施設もあり、地域に密着した診療所である。医師は一人(土肥先生)で、看護師、薬剤師、事務長さんとの協力のもとで日々の診療が行われている。
内郷診療所のある相模湖町は、神奈川県の北西端に位置し、名に負う相模湖を取り囲む山並みの美しい町で、観光に訪れる人々も多い。相模湖は全国で始めてつくられた人造湖(多目的ダム)で、神奈川県の貴重な水源として大きな役割を担っている。住宅地や農地が河岸段丘上に集中しており、バランスの取れた産業が発達している。JR中央線相模湖駅は八王子駅から3駅のアクセスで、交通の便はかなり良い。
内郷診療所の周辺の医療機関としては相模湖駅周辺の二つの医院と義務年限内の自治医大卒業生(倉内先生)が勤務している県立千木良診療所がある。
2.実習の内容
【実習全体の概略】
8月19日(1日日)
7:30 相模湖駅に到着。その後、土肥先生と車で内郷診療所に行く。
8:00 内郷診療所に到着。
9:00 午前の診療が始まる。診察室の問診を見学。
12:00 午前の診療が終わる。昼食。
13:00 午後の診療が始まる。胃カメラの検査を見学。
15:00 千木良診療所に行き、診療所の方々と懇談。
17:30 内郷診療所に戻る。
18:00 診療が終わり、土肥先生と夕食をとりながら歓談。
21:30 旅館に到着。
8月20日(2日日)
8:00 旅館から車で内郷診療所に行く。
9:00 午前の診療が始まる。診察室の問診を見学。
10:30 相模湖町社会福祉協議会のデイ・サービスに参加する。
12:00 昼食。
13:00 土肥先生、看護師と往診に同行する。
15:00 内郷診療所に戻り、診療を見学する。
18:00 診療が終わり、土肥先生、倉内先生と夕食をとりながら歓談。
21:30 旅館に到着。土肥先生に実習のお礼を言い、別れる。
【実習の具体的な内容]
実習1日目の8月19日は台風13号が関東地方に接近していた事もあって、外来の患者さんの数は少なかった。その前の週の月曜日には一日に患者さんが90人も来られて、診察が忙しくて大変だったそうだ。内郷診療所に勤める医師は土肥先生一人だけなので、患者さんが多い日にはどうしても問診に割く時間を短くしなければならないが、逆にその日は患者さんが少ない分だけ多くの時間を問診に充てる事が出来た。土肥先生が問診をする様子を診察室の隅で見学させていただいた。患者さんが診察室に入って来られると、「今日は医学部の学生さんが実習で見学させてもらいますが、すみません。」と土肥先生は確認をとっていらした。
午前中に来られた女性の患者さんは胆石ができているかどうかを調べるエコーの検査を受けていた。調べてみると6.1mm程の胆石が見つかった。心配そうな表情であったが、「自覚症状がないうちは、とりあえず心配はないです。」という説明を受けて、少しはほっとした様子であった。しかし、総胆管結石となって重篤な急性膵炎を起こす恐れなどがあるので検査を定期的に受ける事を勧められた。
その後は便秘の高齢の女性や、目のまぶたに腫れ物が出来ていたが随分と良くなってきた少年や、膝裏の痛くなった女性、かぜをひいた児童、最近喘息のひどくなってきた男性など、様々な症状の患者さんが次々と来られた。
午後の診療は、前から予約の入っていた胃カメラの検査2件がまず行われた。処置室のベッドに患者さんが横になり、麻酔の注射をされた。嚥下時に気道をふさいでいる筋肉が麻酔により緩むので、気管に入らないように、つばは飲み込まないように言われていた。胃カメラのスコープが喉から入っていった。入れはじめのところが一番辛そうで、むせそうになるのを、土肥先生、看護師さんが励ましていた。胃カメラがするするっと食道を通り抜けたあとは患者さんも多少は楽になったようだ。まず初めに十二指腸の所まで一気に胃カメラが入った。その後胃カメラを戻していきながら十二指腸、胃、食道を胃カメラで撮影していった。胃の入り口付近や胃角部は上から撮影すると見えない死角の部分があるので、下のほうからカメラを180度反対の方向に向けて、観察、撮影するそうだ。土肥先生は手馴れた手つきで次から次へと巧みに胃カメラを操作しながら、必要な箇所の写真を撮っていった。10分もかからないうちに検査は終わった。患者さんは胃カメラが入り始める時と出てくる時以外はそれほど苦痛ではなかったようだ。二人の患者さんに胃カメラの検査を行ったが、幸いな事に二人とも異常はなかったようだ。
その後、義挙年限内の自治医大卒業生の勤務する県立千木良診療所に車で送っていただき、医師の倉内先生に診療所の案内をしていただいた。エコーやレントゲンなどの診断機器も型が古いが、自ら操作して日々の診療にあたっているそうだ。放射線技師さんがおらず、医師がレントゲンを扱うのも自治医大卒業生ならではの経験だと他大学出身の医師に言われるそうだ。その後椅子に座って、自治医大での学生生活の話などで盛り上がった。診療所の看議師さんや事務の方ともいろいろな話をした。神奈川出身の卒業生の先生に関する話も伺った。
実習2日目も1日日と同様に診察室で診察を見学させていただいた。お盆でお墓参りに言った時に墓石でわき腹の上のあたりを強打して、ずっと痛みの取れない患者さんが来られた。土肥先生が痛みの原因を突き止めようと患部を直接触診していると、患者さんはあるところで非常に痛がられて、「痛い、痛い、痛い!」と叫ばれた。土肥先生はこの様子から、これは肋骨骨折にほぼ間違いないと確信して、レントゲンを撮っていくように言ったが、患者さんは「筋肉だと思うんだけど・・・」とおっしゃっていた。実際にレントゲンを取るとくっきりと折れた箇所が写っていた。肋骨骨折は比較的くっつきやすいので、バンドを四週間ほど巻いておけば治るそうだ。
そののちも様々な症状の患者さんが来られたが、色々な経験をした方が良いという土肥先生のご配慮で、途中から診療所のすぐ横に隣接する社会福祉協議会のデイ・サービスに参加させていただく事になった。相模湖町のお年寄りと体験学習中の地元の小学生と共に折り紙でコースターを作った。皆さんはとても生き生きとした表情をしていらっしゃった。別れる際には手作りの大きな鶴を頂いた。
午後は往診に同行させていただいた。寝たきりに近い状態の患者さんで、通院が出来そうもない方ばかりであった。特に印象に残ったのは、一ケ月前に他の病院を退院して在宅ケアを行っている高齢の夫婦であった。前の病院の方針で夫の末期がんを告知せずに、毎月看護を行っているそうだ。土肥先生は告知をしたほうが良いと考えてらっしやるようだが、突然今までの話を覆すのも難しいので、今でも本人にはがんであることが知らされていない。往診では、前の病院でできた床ずれの治療に関することや、栄養をつけるための食事などについて話していた。患者さんの体勢を少し変えるだけでもとても痛がっておられた。床ずれの患部の消毒、おむつ交換も一日に何回も行わなければならず、日々看病をなさっているご家族の苦労は並大抵ではない。
往診が終わると再び内郷診療所に戻り、午後の診療が始まった。その日は予防接種が多く、赤ん坊や小さな子どもは注射を恐がって泣いていたが、これも医者の仕事である。その後も患者さんが何人も来られたが、6時前には診察が終わった。
3.考察
今回の実習で最も考えさせられたのは末期がんで告知のされていない患者さんのことであった。がんであることをご本人には言わないようにと決められていた為、往診での診療では床ずれや食事の話を中心にして、できるだけ生活の質を高めるようにしているように思えた。体を少し動かすだけでもとても痛そうなのだが、看護師さんに「すみません。すぐ終わりますから。」と声をかけられると、「大丈夫。」といった表情をされた。全身にかなりがんが転移しているという事で、かなり苦しいはずなのに周りの人を気遣ってらっしやるように見えた。ペインコントロールで随分と楽になっているとはいえ、体を動かすだけで痛いのだから、日ごろの寝たきりの生活でも患者さんの苦痛はやはり大きいと思う。
患者さんの床ずれが良くなってきていることを往診で土肥先生が繰り返し言われたのも、患者さんが気持ちを少しでも前向きに持っていただけるようにというお考えなのだろうと思われた。そして、日ごろからつきっきりで在宅看護にあたっていらっしゃるご家族の方にも、少しでも明るい気持ちになってほしいという事なのだと思う。ご家族の方も、並大抵でない苦労をなさっている。こうして患者さんの周りの人々が一生懸命に患者さんのためを思っているということを、患者さん自身も肌で感じて分かっているからこそ、つらい病気にも耐えていけるのだと思う。お互いに思いやっている気持ちが強いからこそ、非常に大変な在宅ケアをやっていけるのだと感じた。
しかし、がんの告知がされていないため、治療、介護する立場の人は患者さん本人に本当のことを言えないのがとてももどかしく思われるのではないか。告知を受けたあと、患者さんは非常に大きなショックを受けるだろうが、残りの短い人生がはっきりと見えてくる分、今まで人生でやり残したことをやろうという熱意が沸くかもしれない。自伝を書いたり、孫と触れ合ったり、言いたくても言えなかった言葉を大切な人に伝えたり、といったようなことをするかもしれない。しかし、患者さんがショックから立ち直れず暗い気持ちのままで最期を迎えることもある。だから、絶対告知するべきだとか、絶対告知してはいけないといった事は一概には言えないとは思うが、個人的にはご本人にも告知してご自分の残りの人生について知っていただいたうえで、治療方針を一緒に考えていけたら、それが一番いいと思う。今回の往診の患者さんは、告知は受けずとも自分の将来が短いことを自覚しておられて、周りを気遣ってあえてその事について触れないように思えた。
自分が医師になって末期がんの患者さんに告知しようとしても、ご家族が猛反対されたり、今回のように前の病院からの引継ぎの関係で突然に告知しづらい場合があるだろう。そういった場合は、とにかくひたすら悩んで決めるしかないと思う。どの方法が患者さんのために一番良いかということを常に念頭においていけたら、と思う。
今回の実習では多くのものを得る事ができた。自分が将来勤めることになるであろう地域にある診療所の雰囲気を肌で感じる事ができたし、改めてがんの告知などいろいろな事について考えさせられた。以前の自治医大付属病院での早期体験実習では透析センターとリハビリテーション科で患者さんとお話しさせていただいたが、そのときに比べてより日常生活や地域に密着した視点で考えることが多かったと思う。特に往診では、いかに患者さんの生活全体を見つめることが大事かという事をひしひしと感じた。もちろん外来の患者さんにつ
いても症状だけを見るのではなく、その背景にある生活全体にわたって考える必要があると思う。実際に目で生活の場を見る往診とは違い、外来患者さんの場合は、診察室という狭い空間の中で問診を通してしか知る事ができないため、医師は生活全体を見ようとする努力をなおのことしていかなければならないと思う。自分が医師になったときにも、積極的に往診をして、問診でも生活全体を見る努力をしていきたい。
4.謝辞
土肥先生、内郷診療所のスタッフの方々、内郷診療所で診療を見学させていただいた患者さんの方々、倉内先生、千木良診療所のスタッフの方々、デイ・サービスで出会った方々のご協力で今回の実習をさせていただきました。ありがとうございました。
特に土肥先生には日程の調整や宿泊の手配から実習の最後の日までありとあらゆる場面で大変お世話になりました。診療でご多忙であるにもかかわらず、実習の指導を引き受けていただき、本当にありがとうございました。
この実習で学んだ事を忘れずに、これから頑張っていきたいです。
(自治医大医学部1年生、2002年8月)